2022/06/22

Vol.16 格闘技の最高峰イベントTHE MATCH

先日の日曜日、半年間楽しみにしていた格闘技界注目のイベントTHE MATCHが開催されました。

武尊と天心、特に武尊が5年間に渡り絶対動かない団体をありとあらゆる方法と粘りで実現したイベントです。

ブランド周りにも格闘家が多いことや僕自身も大好きで長い事自分でもやっている事もあり、この話題に触れずにはいられません。

今回のブログは格闘技に全く興味ない人はあまり響かないかもです。

 

まず率直な感想はチョー感動しました。泣けました。武尊選手が負けて残念です。感動を与えてくれてありがとう。メチャ謝っていましたけど全く悪くないし逆にあんなイベントを創ってくれてありがとうです。

 

他の試合ではなんといっても野入対海人です。メチャクチャ高次元での闘いで野入選手は名古屋出身との事もあり昔名古屋で良く試合していた時から観ていましたが、昔からホント強かったです。後輩が同じジムでしたがボディーブローはマジ悶絶モノでそいつがよくスパーリングでぶっ倒されていたのを聞いていました。

その最強モンスターと呼ばれる野入選手に勝った海人選手、マジすげぇ~です。しかも完全に野入の得意な距離で鏡写しの様に闘っていました。終始近距離での頭がつきそうな距離でのプレッシャーの掛け合いでの闘いは見てて息が詰まりそうでした。普段大人しい控え目な好青年の印象の海人選手ですがあの勇気と精神力、冷静な判断力はすげぇ~です。モンスターを完封した海人選手はバケモノ?怪獣?でしょうかね?
なんにせよメチャクチャいい試合でした。今後海人選手の活躍楽しみですね。

 

あとEGO TRIPPINGのずっとファンでいてくれてる方がチーフトレーナーをしている安保選手も応援していました。ベテラン山田選手を圧倒して勝利しましたね~。試合前までは山田選手の体の強さと重い攻撃力もありほぼ互角と思ってました。安保選手のパンチのスピード上がって一段と強くなりました。安保選手も今後楽しみですね。

 

他全てメイン級の試合で見ごたえありました。是非また開催して欲しいイベントです。

 

話しは武尊対天心に戻りますが、武尊選手普段通りの動きが全然出来てなかった様に思えます。パンチのイメージが強い武尊選手ですが実はディフェンスも良く、蹴り、ヒザ、全ての攻撃を高次元で出来る凄くテクニックもある選手です。天心戦では初っ端の構え自体全く違う様に見えました。ガードが少し高いのは良いと思いますが足のスタンスも広く上体もかなり前のめりに見え、まさにイってやるぞ~てのが全面に出ていました。普段序盤はパンチ蹴り万遍なく、むしろ蹴り多めでロー、前蹴り、三日月蹴り、ミドルなどをバランス良く出して削っていく印象ですが、今回足技極端に少なかったです。パンチで倒してやるぞって感が全面に出ていつもより雑に感じました。僕的にはいつも通りやってれば違う結果もあったんじゃないかとも思っていまいますが、メンタルのコントロールも含めて格闘技なのでタラレバの話しはやめましょう。でも残念、悲しい

 

武尊対天心なのにかなり武尊サイドの話しになってしまいすいません。武尊ファンなんです。あっそういえば武尊選手元々は私の所属するKAKUMEIで試合してた選手なんです。当時は大会ポスターの一番下のメチャクチャちっちゃい写真でした。それが今ではあんな選手になってしまいびっくりです。

武尊選手の好きなところ、寡黙、努力家、諦めない、相手の選手へのリスペクト、試合後のノーサイド感、余分なこと言わない、全て自己責任と受け止めている、生粋な戦士、侍魂を感じる、こんな感じです。引退なんかせず今後も活躍して欲しい限りです。

 

ホント格闘技って面白いです。ただ強いだけでは勝てないんです。強くなればなるほどチームプレイが重要になってきます。私レベルでは個人スポーツですが高次元の選手達はトレーナー含むチームプレイのスポーツなんです。あと頭も良くないと強くなれないです。リングの上のやるかやられるかの恐怖、緊張感の中で脳みそはクールに常に相手を分析しながら的確な技を出すスポーツです。ただの荒くれモノでは勝てないです。あと毎日の地味でハードな練習の積み重ね、練習はどれだけやってもやりすぎはないし相手はもっと練習してるかもしれない、そうなると完全に自分との戦いです、強い精神力が必要になってきます。

 

僕の人生哲学のひとつにある“強くて”というのも喧嘩が強いとか、殴り合いが強いとかではなく、自分と戦える精神面の強さの事です。それには常に自分と向き合って、自分と戦い続けて、自分にうち勝ち、今の自分を超えて成長していかなくてはいけません。あと、続けるという強さです。決して終わりのない戦いですが意識してるのとしてないのでは人間の厚みが変わってくると思います。こんなこと言ってる自分もまだまだ全然ですが、皆さんもちょっとだけでも意識していると少しずつ何か変わってくるかもです。やり過ぎると病みますんでほどほどに。話し脱線して哲学の話しになってしまいましたね()まっそんだけ格闘技は奥が深いということです。

 

話しは変わりますが7/30日に大会出ます。KAKUMEIアマチュア大会 IN GIFU たしか場所は土岐のアウトレットの隣の土岐セラミックパークというとこだったと思います。ショボイ試合ですが暇な人応援に来てくださいね~

 

まだ出るの?と毎回周りに言われてしまいますが中毒ですね。プロになろうか迷った時期もありますが、自分と仕事のペースで長く続けたかったのでアマチュアでやる事を決めました。正解でした。プロなら引退ありますがアマチュアは引退がありません。おかげで51歳になっても試合出来ます()シニアの部は聞こえが悪いので一般の部にこだわります。若いオラオラなおにーちゃんぶっ倒してきます()

ただひとつ悔しいのが数年前より稽古に関節がついてこなくなってオーバーワークするとすぐ関節が壊れます、最近ではオーバーワークすると内臓への負担で完全に体調を崩します。気持ちは全然ついてっているんですが身体がついてきません。悔しいですが自分の身体と対話しながら稽古していこうと思います。

 

まだまだ、強くて、優しくて、仕事が出来て、ちょっぴりエッチな坂本龍馬の様な男目指します。

ゴールのない戦いですが今後も色々頑張っていきます。

 

今回は以上です

質問、コメント、こんな話聞きたい、とかOFFICIAL LINEにメッセージ頂けると嬉しいです。せっかくなので皆さんの声聞けたらと思います。

今後の参考にしたいです。

ではでは

 

 

JUN

 

 

 

2022/06/15

Vol.15 めちゃめちゃ気をつけていたのに濃厚接触者になってしまいました(泣)

つい先日コロナの濃厚接触者に見事任命されて5日間自宅待機をしておりました!!!
幸い週末を挟んでいたので仕事には大きな影響はありませんでした。

その時思ったこと、気付いた事を書きたいと思います。

まず濃厚接触者になったというだけでうつっているのではという不安と、なにかしら倦怠感を感じてしまいました。
それとは裏腹に色々自宅でやりたい事もあったので一気に出来るという期待?楽しみ?なんと表現していいかわからないけど、ちょっとした嬉しさを感じました。

まず初日の木曜の夜、久しぶりに映画を観ようと意気込みましたが10時には寝てしまい結局観る事は出来ませんでした。

次の日の金曜は休んだ分の仕事を片付け、その後自由な時間を楽しもうと思い、早起きをしたのですが起きた後グダグダしてしまい時間はたっぷりある、と思いながらもやる気が起こらず結局何もせず8時に寝てしまいました。赤ちゃんか!って感じです。

そして土曜日、朝早くに目覚め、えっまだ土曜日?という不思議な感覚に陥り時間が経つのがもの凄く遅く感じました。いい加減仕事しなきゃと思いダラダラと仕事を片付けました。

結局やりたい事もせず、またまた9時くらいに寝てしまいました。子供か!って感じです。

次の最終日の日曜日はダラダラ過ごした日々で少し自己嫌悪になってしまったので、朝から活動的に動き、外には出れないのでひたすら植物をいじくりまわし、最終日にしてやっと充実した日を送れた自宅待機でした。

そこでこんな日々で気付いた事、思った事です。

外に出てはいけないなど行動が制限されながら家で過ごすのと、家でゆっくり過ごそうと決めて過ごすのは全く別もの!身体も心も回復しません。
逆にこれが数週間続くと人間病むと思います。本来自宅で過ごし、ちょっとだけ仕事をする自由で快適で幸せな時間のはずが幸せではなかった!なんならこんな暇な時間を求めてたのに!
人生の幸せって“暇”じゃない事に気付きました。
金持ちの友人が言ってたのを思い出しました。仕事をしなくてもしっかりと収入があるそいつの悩みは“暇”でした。若い時遊び過ぎた彼にとっては飲みに行くのも飽きてしまい、毎日スポーツジムと家の往復、たまに飲みに行くというライフスタイルでした。
人間やはり仕事をして忙しく過ごす日があってこそ、たまにある休みに少しボ~っとするだけでも幸せを感じるものなんです。
私の叔父さんも良い例で、定年する前は凄く忙しく、仕事から帰った少しの時間や、休みのちょっとした時間に趣味のプラモデルを一生懸命作っていました。
部屋にはまだ手が付けられていないプラモデルが山積みになっていました。
その後定年を迎え大好きなプラモデル制作にたっぷりと時間を使うと思いきや山積みのプラモデルは全く手を付けられる事無く、叔父さんがプラモデルを作る事も全く無くなってしまいました。
きっと忙しく仕事をする中で、時間を見つけプラモデルを作る事がストレス発散になってたんだな~とつくづく思います。
ストレスがない今となってはストレス発散のプラモデルは必要なくなってしまったんだと思います。
結果毎日ボ~っと過ごす日が増え、今では原因不明の頭痛に悩まされてます。

人間には適度のストレスが必要なんだ!とつくづく思う出来事でした。

あとやはり熱中出来る趣味です。
自宅待機最終日、植物という趣味に救われました。
やはり人間仕事以外に何か熱中する事が必要だな、と思いました。

結論、“人はたっぷりと自由な暇な時間がある事が幸せではなく、しっかりと適度なストレスをかかえ仕事をし、休みを有意義に使う趣味があるのが幸せなんだな~”と気付かされた自宅待機でした。

質問、コメント、こんな話聞きたい、とかOFFICIAL LINEにメッセージ頂けると嬉しいです。せっかくなので皆さんの声聞けたらと思います。
今後の参考にしたいです。

ではでは


JUN

2022/06/02

Vol.14 ARTが大好きな私がTOGAWADOLLとコラボしました。

みなさんこんにちは。
今回は私が大好きなARTに関するお話しです。
なんと、TOGAWADOLLさんとコラボしてハンドメイドの布人形を作成しました。





コチラは当BLOGの読者様のみへの販売となります。
まぁEGOTRIPPINGのコレクションというより完全に私個人のマスターベーションなので興味がない人には全く突き刺さらない作品です。
逆に興味がある人は深く胸に突き刺さる作品なのではないでしょうか。

私の趣味として、格闘技、レアプランツ収集、ヴィンテージ時計収集、アート収集、ヴィンテージエルメスのアクセサリー収集があります。
今回はその中のアートにスポットをあてました。

そもそもアートといっても様々で、私が収集していたのはグラフィティーアートで
DOLK,MARTIN WHATSONS, MR.BRAINWASHなどのジグレー作品を集めていました。
特に
DOLKが好きで日本でも馴染の深いアーティストです。
有名な作品の数点は日本の外壁に描かれたモノです。うちの東京店のすぐそばでも見る事が出来ます。
残念ながら
DOLKは長いこと作品を出していないので、値段が高騰して買えなくなってしまいました泣

アートって何が楽しいの?と聞かれる事がありますが、私的には家でのゆっくりとした時間を好きな音楽、お酒と共に作品を眺めながら秘められたメッセージなどを色々妄想します。
他には所有欲とインテリア的要素でしょうか。
まだまだ長くなってしまいそうなので本題いきます。


はい、今回はオリジナルのアート作品を外川さんにお願いして作って頂きました。
代表作のヘルメットラビットを
EGOTRIPPINGオリジナルで作ってもらっちゃいました。
細かいパッチワークで作られたボディー、均整のとれた独特なシルエット、可動式の関節、
それらが揃ったときに独特な雰囲気のある佇まいを感じさせます。
正直明るい作品ではないと思います。
逆に私的には非常にダークなイメージがします。
作品を見た時まず頭に浮かんだのが映画
MADMAX2でした。何か反戦、LOVE&PEACEを作品から感じます。
アート作品なので感じ方はそれぞれ自由だと思います。
見る人が違えばキュートなかわいいうさぎちゃんに見えるかもしれません。
とにかくめちゃくちゃ手間のかかった雰囲気あるアートを私が勝手に外川さんにお願いして
EGOTRIPPINGバージョンを作ったという事です。
過去何回かアート作品は出していて、
直近では円谷プロ×
SHICHIGORO×EGOTRIPPINGESPYONE×EGOTRIPPINGなどなど

今回、
TOGAWADOLL×EGOTRIPPING布人形をもし欲しい~という方は
OFFICIAL LINEにメッセージかOFFICIAL INSTAに
DM下さい。

メインのヘルメットラビットはアートに興味はあるけどまだ購入したことがないって人には少し高額かもしれないです。
でも手の込んだ非常に制作に時間のかかる作品なのでご理解下さいね。
そういう方の為にミニサイズのキーホルダーも作ってもらいました。
こちらはかなり購入しやすい値段だと思います。
ご興味ある方はメッセージもしくはDM下さいね。
下に作品の写真載せておきます。



TOGAWADOLL×EGOTRIPPING / HELMET RABBIT
120,000yen+TAX
高さ:30.5cm(写真の状態で足先から耳先まで)













TOGAWADOLL×EGOTRIPPING / KEY HOLDER
CAT(L) 5,000yen+TAX
高さ:9cm(本体足先から耳先まで)
RABBIT(R) 5,000yen+TAX
高さ:10cm(本体足先から耳先まで)







自宅で作品を独り占めして、ゆっくり眺めながら色々なメッセージを考えるような時間を過ごすのも大人の時間の過ごし方ではないでしょうか。


質問、コメント、こんな話聞きたい、とかOFFICIAL LINEにメッセージ頂けると嬉しいです。
せっかくなので皆さんの声聞けたらと思います。
今後の参考にしたいです。

ではでは
JUN

 

 

【トガワドール / Togawa doll / 外川式布人形】
制作者: 外川大作 / Taisaku Togawa
布人形作家 / cloth doll artist
TokyoYamanashi / JAPAN

主に独自の手法で布を使った人形、ぬいぐるみ、造形を制作。
1999年、独学で布人形の制作を開始。
2005年より本格的に作品の制作に取りかかりtogawa doll〉として活動を始める。
個人的な作品制作を目的としながらも、様々な分野の企画にtogawa dollとして参加。
現在は東京と山梨のアトリエを拠点とし、
創作活動の幅を広げている。

【主な活動履歴】
2007年     歌手・女優、中島美嘉氏のツアーパンフレットに起用
20092月    東京「天童木工PLY」にて個展「外川大作展」を開催
200910月  東京「SHOP DETAIL 中目黒店」にて個展「外川大作展」を開催
200912月  ファッションブランド「DRESS33」とのコラボDOLL制作
同ショップ及び直営店舗でのみ限定販売
20108月   東京「伊勢丹新宿店」彩り祭チャリティーキャンペーン向けの作品を制作
20122月    伊勢丹(ISETAN)新宿本店にて限定コラボキーリングの販売
20126月    伊勢丹(ISETAN)新宿本店にて七夕イベント限定キーリングを制作
20128月    福田画廊「D5 ART GARELLY」にて開催された
「立体表現の魅力展」にて作品を出展
20133月    新宿ISETAN&新潟ISETANにて限定ドールを制作
20136月  アウトドアファッションブランド「Monro」とのコラボドールを制作
20137月    オムライス専門店「ポムの樹」との内装コラボを展開
第一弾は〔キャナルシティ博多店〕
201410月  オムライス専門店「ポムの樹」との内装コラボ
2弾を〔札幌ステラプレイス店〕にて展開
201410    札幌「&BORDER」にてNOT A MOT'S主催の個展「外川大作展」を開催
20153      伊勢丹新宿本店にて「テヅカフジオ×DRESSCAMP」の限定アイテムを制作20161月    ファッションブランド「TO BE CHIC」とのコラボドールを制作 
TO BE CHIC全店舗にて販売
201712  CABANE de ZUCCa」代官山店にて「togawadoll EXHIBITION」を開催20189月  Harris Tweedとのコラボドールを制作
20197月  TENOHA代官山にて、ポップアップイベントを開催
20203月  東京ホテルThe Micro Museumにて「togawadoll EXHIBITION」を開催
20209月  札幌NOT A MOT'Sにて「togawadoll EXHIBITION」を開催
202012月  銀座石川画廊にて「togawadoll EXHIBITION」を開催
202111  DAIMARU札幌にて「togawadoll EXHIBITION」を開催
202201月  台湾 THZ Gallery One Art Taipei にて作品の展示
202204月  東京 中目黒にて「togawadoll EXHIBITION」を開催

2022/05/23

Vol.13ステッチ幅のお話し

今回はステッチについてのお話しをしようと思います。

 

意外と皆さん気にしていないところだと思いますが私がモノ作りする際にはかなり悩む部分でもあります。

ステッチの種類により洋服はかなり表情を変えます。

まず糸の太さなんですが洋服では主に8番から50番の糸を使用します。数字が小さいほど糸は太くなります。

ワーク色のかなり強いモノは稀に6番を使用する事もあり、デザインモノなどでは意図的に極太の0番糸というタコ糸みたいに太い糸を使用する事もあります。ただしこの辺りの糸はかなり特殊な糸で使用出来るミシンも限られます。

 

EGOTRIPPINGでは主にワーク色の強いアイテムに6番、8番、20番、30番の糸を使用し綺麗めなアイテムには50番の糸を使用してます。

 

糸が太くなればなるほどワーク、アーミー系のカジュアルな雰囲気が増し、細くなればなるほど綺麗めな上品な雰囲気に仕上がります。

 

次にステッチについてですが主にコバステッチ、シングルステッチ、ダブルステッチがあります。コバステッチは生地と生地のハギ合わせた箇所のギリギリを縫ってあるステッチになります。シングルステッチは生地と生地のハギ合わせた箇所から少し距離をとった箇所を縫ってあるステッチで、その幅により3mmステッチ、5mmステッチなどと言い、デザインにより幅を変えていきます。ダブルステッチは生地と生地のハギ合わせた箇所ギリギリとそこから距離をとった二本のステッチの事を言います。ダブルステッチもミシンの種類やデザインにより幅を変えていきます。

基本ステッチなし→コバステッチ→シングルステッチ→ダブルステッチの順に綺麗めからカジュアルな雰囲気な仕上がりに見えていきます。

持っている服を見て頂くと分かると思いますがフォーマルなスーツなどはほぼステッチが入ってません。軍物やワークウェアーなどにはダブルステッチのモノが多いと思います。

この様にステッチ一本とっても仕上がりの雰囲気はガラっと変わってきます。結構ステッチまで気にしないデザイナーも多いですが私がデザインする服では凄く気になる箇所の一つです。ステッチ幅だけで半日机でぼーっと考えてる事もあります。

今回こんなステッチの拘りについてお話しましたが一度お手持ちの服をこんな視点で見るとまた違った見え方するのかもしれませんね。

 

たかがステッチ、されどステッチです。

 

EGOTRIPPINGの服はステッチ一本まで気にして作ってんだぞ~というお話しでした。


質問、コメント、こんな話聞きたい、とかOFFICIAL LINEにメッセージ頂けると嬉しいです。
せっかくなので皆さんの声聞けたらと思います。
今後の参考にしたいです。


ではでは 

JUN

2022/05/09

Vol.12 EGOTRIPPINGデザイナーのファッション歴史年表 PART 2

さてさて前回からの続きでVOL.2といきたいと思います。

展示会からのゴールデンウィークという事で少し間が空いてしまいイレギュラーなスケジュールでの投稿となってしましました。皆さんゴールデンウイークはしっかり楽しめましたか?

私は色々やりたい事もありましたがなんだかんだバタバタして半分もこなせなかった感じです。

 

“モード学園期 前期”

では本題にいきますね。前回の“高校生 後期”に続き“モード学園期 前期”の話しをしていきます。このころはファッション専門学校に通い始めたという事もあり、ものすごく色々なファッション、ブランドに触れた時代でした。

よく通いつめたショップがありまして、雑居ビルの3階にある10坪くらいの小さな店にオカマの店長というかなり個性のあるショップでした。そこにはヨーロッパのインディーズブランド、古着、最先端のコレクションブランドがところ狭しと並んでました。店長はジョージさんといいましておおよそ身長160センチ、推定年齢当時で40歳前後?違ってたらごめんなさいジョージさん。とにかくメチャクチャオカマちゃんでメチャクチャおしゃれなおじさんでした。後々知ったのですが結婚されてたようなのでしっかりとキャラ作りしていたのかもしれません。もしそうだとしたらホント接客のプロですね。ファッションの最先端の情報、着こなしなどはものすごい知識と情報を持っていて、話しを聞いていても凄く勉強になり楽しく、すすめられた服はついつい買ってしまってました。

ファッション業界が元気な時代だったので色々なショップがあり学校帰りによくショップ巡りをしていました。

1年生の時の私には色々なものが新鮮に見えた時代だったので、アストアロボットで購入したロックテイストな服、ジョージさんのショップで買ったヨーロッパのインディーズものの服や色々なブランドの服をジャンル問わず色々目移りしながら着倒していました。私のファッションカオス時代です。その後ちょっとだけヨウジヤマモトやY’s,コムでギャルソンなど、昔でいう真っ黒ベースのカラス族というモード色の強い服を好んで着ていました。

こんな感じが昼のファッションだったんですが当時一緒に遊んでた友人が夜の街をフラついている時に知り合ったディスコの店員やホストばかりだった私は夜遊びに拍車がかかりマハラジャというディスコが最盛期だった事もあり、週の半分はディスコからの栄の街のストリートで朝までナンパという様な生活を送っていました。遊びに命かけてた時代でした()

夜のファッションはヴェルサーチ、ルナマティーノ、アーストンボラージュ、アルマーニなどの完全イタカジの夜遊びスタイルでした。当時ディスコに入る際、服装チェックが厳しくこんな格好していました。

前期は昼と夜全く違うファッションをしていた私でした。

 

“モード学園期 後期”

この時代になるとまず変わったのが夜遊びスタイルです。クラブというディスコをもう少しアンダーグラウンドにし音楽、ファッションスタイルもノンジャンルでオシャレな店が出来始め、私の主戦場もディスコからクラブに移り変わっていきました。これにより昼と夜の洋服の使い分けが必要なくなりました。ホント服買い過ぎで常に金欠の私には助かりました。

この時には主にジャンポールゴルチェを好んで着ていました。当時カリスマ的なデザイナーのゴルチェはデザイナーとして初めて憧れたデザイナーでした。とにかくデザインが斬新であっと言わせるデザインが毎シーズン私の心に突き刺さっていました。今でこそ名前を聞かなくなったゴルチェですが、なんとあのマルタンマルジェラの師匠なんです。マルジェラの師匠なんてゴルチェの偉大さを感じますね。

相変わらずジョージさんの店に通いつめてた私は、10坪そこそこしかない雑居ビルの中でドルチェ&ガッバーナと初めて出会います。当時まだどこにも置いてなかったドルチェ&ガッバーナがジョージさんの店に置いてあったんです。今思えばジョージさんのファッションセンスと先見の目はホント凄かったんだな~と思います。

特にドルチェ&ガッバーナのベストに惚れました。当時私達の間ではXラインのベストと呼んでました。ちなみに出始めのドルチェ&ガッバーナは今の様な夜っぽいセレブな雰囲気は全くなく最先端のオシャレさがありました。そのすぐ後くらいから大御所スタイリストの馬場さんなどが良く使うようになりテレビなどでもちょくちょく目にする様になりました。モックンが特に愛用にてたのを覚えてます。当時のモックンはメンズのファッションアイコンで大晦日の紅白で首からコンドームのネックレスを下げてお尻が見えてるパンツのセットアップで登場し話題になりました。その時の衣装がマサキマツシマという新進気鋭のデザイナーのものだったと記憶します。私もマサキマツシマの服を東京まで買いに行き、袖フリルのシャツにXシルエットのセットアップをよく着ていました。今思えば少し中性的なファッションが流行っていたような気がします。このくらいの時に武田真治、石田壱成の2大フェミ男が人気でフェミ男ブームだったと思います。今も若い子の間では韓国風な中性的男子が流行ってるので時代はまわってますね~私達の様な男子の時代はいつ戻てくるんでしょうか?()なにはともあれこの時はゴルチェをベースに常に新しいブランドを着ていた気がします。あっ、忘れてたクリストファーネメスも結構はまって着てましたね。

そしてまたまたしばらくしてジョージさんの店に行くと今度はなんとダークビッケンバーグが置いてあったんです。これもかなり衝撃を受けました。今まで見たことのない構築的なニットにちょっとメタル素材の付属が付いたクールなデザインにやられてしまいました。やっぱジョージさんスゲェっ~って感じでした。後にアントワープの三人衆と呼ばれるうちの2人のブランドを私が知る限りどこよりも早く取り扱ってました。あんな雑居ビルの10坪の店で。この時くらいから裏原系が出てきましたが私は全くはまりませんでした。話題性のあるブランド重視の洋服よりデザイン性、素材が優れた服に心惹かれたんだろうと思います。

次にはまったのはアントワープの三人衆の一人となるドリスバンノッテンでした。このブランドはダークビッケンバーグとは全く違ったニットを展開しておりダークビッケンバーグが無機質で構築的なのに対して、ドリスは何か懐かしく温かみがありながらも前衛的なデザインでした。この当時半分以上ニットばかり着ていました。モード学園末期はひたすらドリスバンノッテンにハマっていた時代でした。ちなみにこの時のヘアースタイルは今流行りのセンターパーツでした。

 

“就職サラリーマン期”

この時代は引き続き国内外色んなデザイナーが出てきた時期だったので色んなブランドを着ていました。東京デザイナーズブランドという言葉ができ、世界的に東京ブランドが注目されていた時代だと思います。

これと並行しヴィンテージデニムにドップリとはまり、ヴィンテージデニムにデザイナーブランドという様な着こなしを良くしていました。あっ、ハリウッドランチマーケットも良く着ていましたね。

この後くらいから空前のヴィンテージデニムブームとなり、とんでもない値段になっていき、ヴィンテージデニムを買い漁るのをやめました。

サラリーマン三年間はヴィンテージと色々なデザイナーズブランドを着まわしていた感じです。

 

この後独立し、CUSHMANを立ち上げその後、平行してEGOTRIPPINGを立ち上げました。

 

こうやって振り返ってもホントジャンル問わず、ありとあらゆるファッションを楽しんできたと思います。

 

たまにEGOTRIPPINGってジャンルレスですね?と言われる事があります。今の時代どちかというと狭いコンセプトの中で提案していくのが流行りの時代です。逆にそうでないと売れない時代です。ジャンルレスですね?って言われるEGOTRIPPINGは時代に逆行してるのでは?と思いますよね?

 

いやいや違います。

EGOTRIPPINGはさまざまジャンル、さまざまな国、さまざまなデザイナーの服を着倒してきた私が、私が着たい服、私が着て欲しいと思う理想の男性に向ける服、を私の経てきた経験と知識をフル活用して徹底的にこだわって自分勝手に作っている、メチャクチャ狭いコンセプトの服”なんです。

 

こんな感じでなが~い“EGOTRIPPINGデザイナーのファッション歴史年表”をしめさせてもらいますね。

 

今回長かった~後半少しはし折っちゃいました。

昔話なので時系列おかしい部分ありますがご了承下さい。


質問、コメント、こんな話聞きたい、とかOFFICIAL LINEにメッセージ頂けると嬉しいです。
せっかくなので皆さんの声聞けたらと思います。
今後の参考にしたいです。

 

ではでは

 

 

JUN

2022/04/25

Vol.11 EGOTRIPPINGデザイナーのファッション歴史年表 PART 1

皆さんこんにちは。

展示会、インスタライブなどバタバタしてしばらく間が空いてしまいました。

 

今回は私が辿ってきたファッションの歴史年表みたいなものをお話ししていきたいと思います。

 

“小学生期 前期”

まず遡るのは小学生、この辺りは昔過ぎてサラッといきたいと思います。

低学年の頃はほとんど記憶にありませんが写真で見るかぎり母親の着せ替え人形みたいにされてたようです()
ガラの悪いヤンチャな親父とモデルや芸能関係の仕事をしていたちょっと派手めな母ちゃんの間に生まれた私は完全母親の好みが入った男か女かわかんないような中性的なファッションに身を包んでました。
よく男の子?女の子?と聞かれましたが中身が勝気な私は聞かれるたびに嫌~な気分だったのは覚えています()

 

“小学生期 後期”

そんな私は小学生高学年くらいからファッションに興味を持ち始めました。
高学年の頃記憶にあるのは、ボルドーのベルボトムにボーダーのニット、これのみ薄っすらと覚えてます。
髪はロン毛でした。ちょうど今みたいな感じです。
みんなスポーツスニーカーを履いてた時代に一足もスポーツスニーカーを買ってもらえず革靴?合皮?のようなオシャレ靴ばかりで当時は凄く嫌だった記憶があります。

 

“中学生期 前期”

中学生になるとあの時代でも珍しい、名古屋でもたった2校しかない坊主頭の中学でずっとロン毛だった私はメチャクチャ嫌でぐずってました。ぐずったところで中学という事で選択肢もなく泣く泣く坊主頭でファッションを楽しんでおりました。

中学前半はタック入りのデニムが流行りツータック、スリータックの太いデニムを履いてました。名古屋の人はみんなご存じだと思いますがこういったちょっとやんちゃな感じな服は大須に行けばありとあらゆるものが揃ってました。
今では若者のオシャレな街になってる大須も当時はヤンキーとやくざばっかりの街でした。私は親父の地元という事で小さい時から馴染みがあり慣れてるせいかあまり不自然には感じませんでしたが今思えば中々雰囲気のあるアウトローな商店街でした。

 

“中学生期 後期”

中学後期くらいになるとドクターシャツというフロントの開きがアシンメトリーになった服、これぞ“ザ、80年代”というシャツが流行りいろんなタイプいろんなカラーのモノを持ってました。
この頃から洋楽を聴き始めましたが、デュランデュラン、カルチャークラブなどみんなこのドクターシャツっぽいアシンメトリーな服を着ていた記憶があります。
あっ光ゲンジもアシンメトリーだったような気がします。今思えばアシンメトリーというのが当時の世界的なファッションの流れだったんでしょう。
この時代の服は今現在の若い子が行く古着屋で良く見る事があります。自分が着てた服が古着屋で流行ってるというのは歳を感じますね(泣)

 

“高校生期 前期”

高校生になると音楽に、よりドップリとはまっていき、BLACKやゴールデンイヤーズといった地元の音楽色の強い洋服屋に行くようになりました。
そして念願の髪を茶?金?髪に、耳にはピアスをあけました。
当時男のピアスはまだ世の中に浸透しておらずゲイやホストのイメージが強く周りから白い目で見られた記憶があります。親父にはピアスはゲイのイメージしかなく気持ち悪いと言われボコボコに殴られました。
当時の私のファッションはメッシュのモヘアニット、古着のリーバイス501、タータンチェックのシャツ、ボンテージパンツ、ガーゼシャツと言った王道音楽ファッションに身を包んでました。

それと同時期くらいにやくざ?チンピラ?ファッションにちょっとだけ惹かれフォックスファーの襟が付いたショート丈の革ジャンやレザーコート、刺繍がびっしり入ったセーターなど着て、また同時に夜遊びにも目覚めてしまい、夜はスーツなどの夜っぽいいやらし~服、昼は音楽ファッションという風に使い分け青春を謳歌していました。

きっと坊主頭から解放され、いろんなファッションへの欲望が爆発したのかもしれません。

 

“高校生 後期”

相変わらずバンド、夜遊びを両立していたのでファッション的には大きく変わっていませんが遊び用としての服の選択肢がちょっと高級になってきてジャンポールゴルチェやアーストンボラージュ、トキオクマガイなどいわゆるコレクションブランドやDCブランドをめちゃめちゃ無理して買うようになってきました。
今思えばあんな高い服よく買ってたなと思います。

 

ここまで見返してもホント色んなファッションしていたんだな~と思いますね。

 

思った以上に長くなってしまったので続きは次回にしますね。

 

質問、コメント、こんな話聞きたい、とかOFFICIAL LINEにメッセージ頂けると嬉しいです。
せっかくなので皆さんの声聞けたらと思います。
中々返信は難しいと思いますが今後の参考にしたいです。


ではでは

 

JUN

 

 

2022/04/12

Vol.10 “RADSKINS”とは?

最近は展示会やあれこれ何かと忙しい日々を過ごしております。

ゆっくりブログまで書く時間もありませんがインスタライブに向けてお知らせしたい事がありパソコンに向かってる次第です。

特にこのラインブログを読んで頂いてる方には知って欲しい情報です。

 


今回EGOTRIPPINGより“RADSKINS”という新しいラインを展開します。

直訳すると“最高、最強の皮膚”という意味です。着用者と最高の状態でシンクロした服を作りたいと思い展開しました。

素材、型紙、縫製、デザインを徹底的に追及したアイテムです。

素材も糸から妥協なくオリジナルで作り込んいます。

通常ラインよりワンランク上をいったアイテムに仕上がってます。

デザイン的にも、価格的にも誰もが購入してくれるアイテムにはならないと思ってます。

それもあり、なんだこりゃ~聞いてないぞ!とならない様、このブログに登録して頂いている顧客様には真っ先に伝えたいと思いました。

今回リリースは3アイテムです。

是非皆さんに手に取ってみて頂きたいアイテムです。

 

今回少し短いブログになりましたが明日インスタライブでじっくりとお話ししましょう。

 

ではでは

 

JUN